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◆金津園の武運長久を祈りつつも、時折ため息が漏れます
■観音様に御参拝
■お風呂利用2桁
■01/25(火)20:18
件名の通りの心の声です。金津園が岐阜市内線みたいにならないように祈り、そして、決してそうはならないことを半ば以上信じておりますが、それでも時としてほんとに大丈夫だろうか、という思いも催しております。
金津園をつぶそうとしている女性政治家さんは、夫君の過去の悪行が今や明瞭となったにもかかわらず、相変わらず地位を保っている。これに対し、多くの男性を性犯罪から救い、多くの女性を経済苦から救って来た金津園が、風前のともし火でこそないが、それでもどてっ腹を貫かれ、苦痛にあえいでいる。しかもそこへコロナ禍というダブルパンチに見舞われている。
天は何を見ているのだろうか?と疑念しております。以前、『岐阜県史』で、昭和33年(1958)の赤線廃止、金津園のいちおうの滅亡を記した章を読みましたが、女子従業員組合幹部の女性(その当時、20代後半。御健在ならば90歳代前半)の凛としたお姿と、宣言(仲間たちへの告別)とに心を動かされたものです。
けれども今現在の金津園に、昭和33年の赤線廃止時のような「何とか生き延びるぞ」というガッツがあるのかどうか……コロナ禍こわさに最近足が遠のいている私自身に言えた義理ではありませんが、それでも、こういう思いを禁じ得ません。
良きことも悪しきことも一切は御縁かというふうにも思いますが、「これも御縁だから」という感じで状況や時勢に流されるがまま、というのも避けたい。以上、なんだか自分でも読んでて意味がわからない文面になりましたが、皆様のお叱りや御意見を仰ぎたく筆を執らせて頂きました。
末筆ながら四半世紀を超える管理人さんの御奮闘へも改めて深い敬意を表します。
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